今回は視野に関連したお話をしたいと思います。

 さて、「我こそは『盲点』なんて存在しない完璧な人間だ」なんていう、勇ましい人がおられるでしょうか。

 まずは実験してみましょう。簡単にできますので、皆さんもやってみてください。

 写真をご覧ください。最初に、左手で左目を隠します。次に、右目の前に右拳(みぎこぶし)を突き出し、握った状態から親指と小指を伸ばします。その状態で親指の爪を見てください。拳がある特定の位置にくると、小指が消えますよ。でも、両眼で見ると、ちゃんと小指は見えます。消えない方は、拳の位置を少しだけ上下左右、または前後にずらして見てください。小指は消えましたか?

 眼球の構造が関係するのですが、一般的には必ず(100%)消えます。(仮に消えなかったとしても、私の説明が足りなかっただけですので、がっかりする必要はありません)その見えなかった小指の領域…これが「盲点」(「暗点」ともいいます)です。この実験は、自分自身の「盲点」を検出していただく簡便な検査というわけです。反対の左目にも、左右対称に「盲点」がありますよ。

 「盲点」…恐らくほとんどの方は、これまでの人生で「盲点」を視覚的に自覚したことはなかったのではないでしょうか?

 「盲点」は、通常自覚できるものではありません。ですから、日常生活に影響することはまったくありません。まったく見えない視野の欠損領域で、絶対暗点として、その名のとおりゼッタイ見えない領域なのです。1660年にフランスの物理学者マリオットによって発見され、「マリオット盲点」と名付けられています。

 なぜ私たちが、このマリオット盲点を自覚できないかと、「盲点」の周りの色や模様の情報を、脳が勝手に「盲点」の内部に補ってしまうからです。この現象を「補完知覚」または「充填知覚」といいます。脳みその仕業!なのです。こういう脳の性質は非常に興味深いです。私たちは、日常的には見えないはずのものを、脳の機能によってあたかも見えているように実感させられているわけですから…。しかも、ほとんどの人は無自覚なのです。ですから、これほどまでに今まで気付きもしなかった「盲点」をはっきり自覚してしまうと、なんだか考えさせられてしまいませんか?

 例えば、この事実を教訓的にとらえてみると、” 私たちは自分自身の想像以上に、自分の中に「盲点」を持っている、と考えなくてはいけない“ということになるでしょうか。これを私なりに言い換えると、” 自分が生きているこの社会では、常に誰かの意図によって、明らかにされない事実があったり、都合よく隠されたウソがたくさんあるかもしれない“ということ。さらに加えて、大事なこととして改めて思うのは、” ものごとは複眼的に見たほうがよい“ということです。

 「論理の飛躍では?」と感じる方もいらっしゃるかもしれません…。皆さんは、どのように感じられましたか?

(最近、「さわやかさん効果」を実感しております。すごいですね?、さわやかさん!)




 やっと、白内障のお話も最終回になります。これまでの復習を兼ねながら、まとめていきます。

 前回の疑問…。「白内障について、焦って慌てる必要はないのは何故か?」といいますと、ほとんどの「白内障は加齢現象」であり、「加齢現象は病気ではない」から、これが答えです。大事なので繰り返します。加齢現象は、いわゆる病気とはちがいます。ですから、治療への考え方や対処法が変わっていきます。現在の状態(視機能)に「満足」であるならば、無理に手術を急ぐ必要ななく、そのまま様子をみていてかまいません。

 ただし、「満足」や「不満」には、程度(=感覚)があるかと思います。このあたりの「感覚」は個人により様々です。前回述べたとおり、「感覚」は、“当の本人にしか”わかりません。「感覚」は個人の経験や生活環境、背景、価値観、人生観などから総合的に形成されてくるものだからなのでした。

 白内障とは「水晶体の加齢現象によって視力が低下した状態」のことでした。この低下してしまった視力機能を、ご自身はどこまで許容すること、納得することができるでしょうか?

 まず、日常生活(テレビ、本、新聞などを見るとき)や仕事(事務、パソコン、車の運転)で、どのくらい困っているかを考えます。それが、白内障手術を考えるかどうかのおおよその目安になってきます。どのくらい困っているのか、またはどのくらい困っていないか(←これが、より大事な観点です)の観点が大事です。

 もう一点、大事なことは、手術のリスクをどう考え、評価するのか…です。リスクを極端に高め、あるいは極端に低めに見積もる方は、案外多いです。これは、手術を決定する段階で理解できていればいいです。

 手術適応を決定する際に実感することですが、結論(手術を受ける、受けないを決めること)に至る経緯は、本当に人それぞれです。治療には必ず良い点があり、悪い点(リスク)があります。それを天秤にかけ、結論をだす作業は「最終的」には患者さんの“すべきこと”と考えています。この作業は、患者さんと眼科医の「感覚」の差を埋める共同作業でもあります。そして、眼科医は、この作業を後押ししたり、補助するのが重要な役目の一つと考えています。

 さて、私が順調に人生を全うできるならば、私自身も白内障手術を受ける日が、いつかくるでしょう。その時代、どのような白内障手術や手術器械が開発されているのでしょうか。まったく想像がつきません。白内障手術器械は進化して、今より安全で、簡単で、そして快適に手術できるようになっているでしょうか。はたまた、手術しなくてすむような、夢の新薬が開発されているでしょうか?たった今、眼科診療が劇的に進化している時代を経験している眼科医(私)だからこそ、将来、自分自身、白内障治療が必要になったとき、何をどう選択していくのか、個人的に「楽しみ」にしていることの一つです。

 さぁて、これにてやっと終りを迎えました。
 ぜひもう一度、過去の分もまとめて、ご一読いただければ幸いです。


 お待たせしました。今回からいよいよ本題の「白内障」についてですよ。
 まず、一般的に白内障といえば、「加齢性」の白内障のことを指します。ちなみに「加齢性」とは「歳をとっていくことで、その結果起こる」という意味です。歳をとる(加齢現象)は人間を含め、生き物には必ず!起こる現象ですね。すなわち、人間は例外なく「歳をとった結果」白内障になりゆく運命にあります。眼科医の私も将来は必ず白内障になるのです。(長生きすればのことですが)


「白内障水晶体混濁で視力が低下した状態」
 
 白内障を一言で説明すると、「水晶体の混濁が原因で視機能(視力)が低下した状態」のことをいいます。水晶体はカメラでいうレンズのことです。眼はよくカメラに例えられますが、構造も機能もお互い非常によく似ているんです。ただし、人の眼にはカメラよりも桁違いに高性能なレンズが内蔵されています。焦点を自動で瞬時に合わせることができます!
 この高性能レンズである水晶体は、かなり独特な組織です。理由は二つあります。一つは、血管をもたない組織であること。身体の組織で血管をもたないのは非常に珍しいことです。通常組織は血管をもつことで、血液から必要な酸素や栄養をとりこんでいます。水晶体は血管以外のルートから酸素や栄養を補給しているのですね。水晶体が血管をもたない理由は単純で、水晶体を透明にしておかないと「まずい」からです。血管があると透明にできないため、かえって邪魔なんです。これで、「透明だからこそよく見える」ことがおわかりいただけるでしょう。



「歳とともに水晶体は混濁」
 
 もう一つは、水晶体は常に成長し、変化を続ける組織ということです。これは、水晶体が加齢とともに変化し続けるということでもあります。ですから、生来、透明であった水晶体は加齢とともに混濁していく・・・そして混濁していった結果、見えづらくなる。この二つの特徴が加齢とともに変化を起こした結果、白内障になっていくんですね。
 
「何もあわてる必要はありません」
 
 そこで、白内障によって起こる水晶体の機能低下を根本的に解決する方法を考えてみたいのですが・・・。結論からいうと、残念ながら、現代医学において白内障自体を治療する方法は手術しかありません。
 ですが、皆さん。あくまでも白内障は「加齢性」の変化です。何もあわてる必要はありません。次回、このことについてお話しします。お楽しみに。
(あれ、今回が最終回っていってなかったっけ?)





「百聞は一見にしかず」眼は最重要な感覚器
 
 前号でもふれましたが、眼科が扱っている領域・・・それは視覚器という感覚器です。感覚器とは、外からの情報をあつめる器官のことです。感覚器は視覚器のほかに、聴覚器(耳)、味覚器(舌)、嗅覚器(鼻)、触覚器(皮膚)などがあります。
 私たち人間は、情報の90%近くを眼から得ているといわれています。
 「百聞は一見にしかず」という格言はまさにそのとおりで、視覚器(眼)はもっとも重要な器官といってもいいでしょう。



「感覚」は百人百様
 
 普段、「感覚」器(眼)を扱っていて、とても難しいと感じるのは、まさにその「感覚」を相手にしているためです。眼科は「感覚」を扱う診療科の代表です。至極当たり前のことですが、「感覚」は当の本人にしかわからないものです。なぜならば、
 「感覚」は個人の経験や生活環境、価値観、人生観など、様々な要因、要素から総合的に形成され、洗練されてくるものだからです。これは、職人の業(わざ)が磨かれていくのと同じことで、この「感覚」を表現する方法や言葉は、個人ごとに全く異なります。
 ここで一つ、症例で皆さんに考えていただきます。診療時には実際よくある話です。
 二人の方が眼科外来で視力を測定しました。一人は0.5で、もう一人は1.0です。あなたは、この二人のうちどちらの人がよく「見える」と答えたかわかりますか。
 この問題のヒントは問題(「ここで一つ、症例で・・・」)の前にあります。大事な点は自覚症状。つまり、個人の「感覚」がどうか?
 という点です。あえて自覚症状を抜かしていましたが。
 これを、眼科医の立場でどう対応するかというと、直接ご本人たちに「見えるか」「見えないか」を質問するのです。
 例えば、若いときに視力が2.0もあった方が、加齢にともない1.0になった。このような方は「見えない」と訴えます。この方は、視力1.0でも「見えない」という「感覚」なのです。
 一方、生まれて以来、視力が0.5くらいであっても、何の支障もなく暮らしてきた方は「見える」と答えます。この方にとって、以前に比べても何ら変わるところがないので「見えている」という「感覚」なのですね。


 眼科医は「感覚差」解消に腐心

 視力は数値で表すので、一見、客観的な評価のように思われがちです。しかし、実際の「見えている」
 「見えていない」の判断は、その人の「感覚」で決まります。よって、このいじわるな問題の正解は「この問題の情報だけでは何ともいえない」です。
 何となくお分かりいただけたでしょうか。
 眼科医としては、お互い(患者さんと医師)の「感覚」の差を埋める作業が、とても重要です。それが、患者さんに満足していただける出発点になるからです。このお互いの「感覚」にズレがあると大変なことになります。
 まず、今回は以上のことを記憶に留めていただきたいと思います。


 皆さん、こんにちは。川久保病院眼科の及川です。この度、「さわやかさん」に寄稿するようにとのご下命がありました。
これまで眼科についての記事がほとんどないのが理由で、是非とのこと。白内障や緑内障など眼疾患をテーマに書いてみてはとの助言もあり、せっかくの機会なので、お引き受けすることにしました。
少し詳しい説明を加えながら、解りやすくお話したいと思っています。ということで、いざ書きはじめてみると・・。
(ここで、いったん次の段の中ほどの「ところで、何故(なにゆえ)前置きを・・」にワープ。その後次行の「まず、」以下をお読みください。)
まず、今回は眼科外来で3番目に多い病態である「白内障」についてお話しようと思います。
「えーっ、1番目と2番目は何なの」という声が聞こえてきそうですが、あくまで「白内障」をテーマにし、進めていきたいと思います。
ちなみに1番多い病態は「屈折異常」で、2番目は「調節障害」です。屈折異常とは近視、遠視、乱視の総称で、調節障害とはいわゆる老眼(老視)のことです。
また、あらかじめ申し上げますが(私の完治不能な悪癖でもありますが)、前置きがかな?り超長くなります。そして、話はあちこち脱線し、わき道にも入ります。ここのところは、若輩者(でもないかな?)に免じ、ご容赦願います。
ところで、何故(なにゆえ)前置きを長くしているかと申しますと、皆さんに、白内障そのものについて、また白内障治療についての理解を深めてほしいからです。そのためには、大前提である重要な点を理解していただく必要があると、考えるからです。そして、このことは白内障のみならず、他の眼疾患に関しての基本的な考え方にもなります。
 さぁ、いきますよ?。

と、ここまでいっぱい書いたのに、なんと紙幅が尽きました(泣)。大変申し訳ありませんが、この続きは次回のお楽しみにということで(ナンテコッタ)。これでは、もっと枠をいただかなければなりません。
(「及川先生、枠、何ぼでもさしあげます」:「さわやかさん」編集委員会)


ここでちょこっと知識と薀蓄など!

眼科が対象とする領域とは
5つの感覚器のうちの視覚器
5つの感覚器とは
視覚器(眼)、聴覚器(耳)、味覚器(舌)、嗅覚器(鼻)、皮膚(触覚)
薀蓄
 ところで、いわゆる「第六感」とは、この五感以外の感覚の意味で、説明はできないが、物事の本質を鋭く感じとる心のはたらきのこと。直感。
(旺文社「国語辞典第八版」)