頼もしい共同福祉会   

  
  ガス代の支払いが困難になった方に「いわて共同福祉会(特養ホーム・はなみずき)」が、ガス代を

  代わりに支払うことになりました。

  
これは、安心サポート事業によるもので、制度の谷間にある生活困窮者に対し、セーフティーネット

  として 社会福祉法人の判断で経済的支援を行うものです。

   福祉会が "ガス代などの立替払いが必要" と独自に判断し支出した場合、その費用が県の社会

  福祉協議会から福祉会へ支払われます。
 
   今回は、川久保病院相談室と連携して実現できました。

  事業所がなくてもこのような支援事業ができたのは 共同福祉会らしい実践で、とても頼もしい事例

  でした。

 
                  全国の仲間からの励ましが!

 
8月に全国から17,000名を集め、 盛岡で開催された日本母親大会で ”盛岡医療生協特養応援隊”が 

 募金を集めるために出店した時のお話しです。

 福島・さいたま・富山・愛知・大阪・高知から来られた方々が「私たちも○○医療生協なのよ。頑張ってね!」
 
 「何か買って協力しなきゃね・・」と次々声をかけて下さいました。

 また、ある方は 「うちも特養づくりで寄附を集めているんだけど、こんなに集めている盛岡はすごい!」

 とびっくりされていました。
 
  暑い外での販売でしたが、全国の医療生協から注目を集めていることを肌で感じた2日間でした。


 
            たまげだなぁ〜 ありがでごど
  
    県北のある病院へ通っている85歳の母親が、膝の激痛で動けなくなった。

   みずを抜いてもらったが、痛みが取れず「もうダメだ!!」と川久保病院外科受診を決断した。

   医師は丁寧に膝の処置をし、「膝は90度にまげないように、山へは行かないこと」などと、具体的に

   説明してくれた。

   「たまげだなぁ〜 今までこんなふうに 言われたことなかったなぁ〜。たいした先生だぁ、助けられた。

   ありがでごどぉ」と感心しきり。

    1週間ほど 盛岡で静養した後、元気に杖なしで 県北の山に向かって帰って行った。
 
     男性(おどご)の支部委員誕生! 周りが元気に・・!
                                                   〜滝沢北支部より〜

    長年の夢がやっとかない、男性の支部委員が誕生しました

    うれしいことに、この男性支部委員のつながりで、新しい組合員さんが増えています。
   
    さらには、医療生協の日頃の地道な活動が共感をよび、 新しい組合員さんが増え、

    関連団体の 運動ともつながり、周りが元気になってきています。      

    支部では、「つながりつくろう」を合言葉に、本年度の「仲間増やし」の目標の半分を既に達成しました。
 
          ほっこり やさしい接遇  〜ぐっじょぶカードより〜  

     「放射線技師の職員がソファに座ってた高齢の女性と視線を合わせるようにしゃがみながら、

    上着のボタンを丁寧に留めていました。そんな職員の優しい対応にほっこりしました。」

      職員のやる気、モチベーションをアップしたい、職員同士が認め合い、讃える組織文化を作りたいとの

    思いからスタートした川久保病医院での取り組み”ぐっじょぶカード”に書かれていた ちょっといい話です。
 
     親切が広げる ”つながりの輪”  〜虹の箱に寄せられた声より〜

   ・ お見舞いで川久保病院を訪れた際、職員の対応が良かった。
 
   ・ 地域に住む職員さんが「困ったことがあったら、何でも相談してください」と声をかけてくれた。

   ・ 友人が医療生協の組合員で、あなたもどう?と誘われていたところ、別の友人からも親切な誘いの

     連絡が来た。

   ・ 組合員である奥さまの受診に付き添って来られた旦那様が、病院を見学していた際、接してくれた職員

     が 皆丁寧で親切だった。

   これらの声は病院受付ロビーに設置している”虹の箱”に寄せられていた声です。

   このような評価を裏付けるように、組合員になられる方が増えています。

     親切が、”つながりの輪”を広げているのですね 
 
            どんぐり保育園開園秘話    

     今春、ある支部のつどいで耳に入った「どんぐり保育園」についての お話しです。

    つどいに参加した ある組合員さんは、その昔(?)タクシーの運転手をされていました。

     ある時、たまたまお客さんとして乗ったのが初代院長の中村良雄先生でした。

        院長 「看護婦不足でね〜」

       運転手 「妻は看護婦です」

        院長 「ぜひ、うちに!」                   

       運転手 「子育て中で無理です。保育園でもあればいいのですが・・・。」

        院長 「じゃ、作りましょう。」

     その後、話はとんとん拍子にすすみ 1976年1月に民家を借りて保育園を設置。

     入園第1号は、あの時の運転手さんの息子さんでした。奥さまも川久保病院で長く活躍されました。
 
          腸がん検査キットに救われた命     
 ある組合員さん、医療生協が取り扱っている「大腸がん検査キット」をたまたま購入。   

早速、自宅で試したところ思いもしなかった”陽性”との表示。

即刻、川久保病院で検査してもらった結果、専門医に再検査してもらうようにとの指示。

 専門医による再検査で立派な(?)「大腸がん」と判明。即、切除。

この方、大げさではなく 「私が今あるのは、医療生協のおかげです」としみじみ話されていました。
 
       医療生協の人を育てる仕組みに 高評価

 介護福祉士養成専門学校の就職説明会に参加した。当日、多くの学生さんが、私たちの医療生協の説明ブー

 スに来てくれた。説明会の後、担当の先生に聞いてみた。「たくさんの施設・事業所がある中、どうして医療生協

 にはこんなに多くの学生さんが来てくれたのでしょう。」

 「医療生協に就職した卒業生が辞めていないからです。 私たちも医療生協は教育がしっかりしており、人を育

 てる職だ、と高く評価しています。

 特養ホーム開設には多くの介護職員確保が必要だが、この言葉に励まされ力が湧いてきた。
 
 
         特養ホーム寄付金こぼれ話


夏が来たような ある日の昼下がり。背広にネクタイ姿の白杖をついた方 が

組織部を訪れました。聞けば、かつて職員であったとのこと。

かねがね特養ホームに寄付したいと思っておられり、すでに奥さまは寄付されたとの

こと。この日 念願かなって寄付されました。

 そして、その場にたまたま居合わせた病院近くに住んでおられる組合員さんと

話がはずみ、世間話やら自動車の燃費不正事件やらで 大変盛り上がっていらっしゃ

いました。
  
     「みんなの家」が世界に発信!
 

急速にすすむ高齢化社会にどう対応するか、日本だけでなく世界中で研究がすすんでいるようです。

 WHO(世界保健機関)は90年代後期から、人々が健康で社会参加しながら、年齢を重ねていくことが

できる「アクティブ・エイジング」を提唱しています。それを可能にする”高齢者にやさしいまちづく

り”を進めるパートナーとして2007年、日本で唯一、医療生活協同組合を指定・認定しました。

 この”高齢者にやさしいまちづくり”実践例の一つとして、湯沢支部のたまり場「みんなの家」の活

動が、スウェーデンで6月に開かれる国際会議で紹介されることになりました。

 「みんなの家」に集まるみんなは、ただワイワイ楽しんでいるだけなのに・・。

「びっくりポン!」だね〜!!と。

 
     また一人 医療生協の熱烈ファン!

   川久保病院外来では時間外受診(急患)の患者さんに、受診日の翌日、看護師が電話で体調を       
  確認しています。必要であれば再度受診を勧めるなどのアドバイスも。

   ある金曜日の午後に受診した70代の男性に、翌日土曜日に電話しました。

  すると、月曜日の午前中わざわざ受付を訪れ「丁寧な電話を頂戴し感激しました。

  お医者さんの対応もとっても良かった。ぜひ組合員にして下さい」とのこと。

  これでまた一人、医療生協の熱烈なファンが増えました。
  うれしい限りですね。
ぼく、戦争はぜったいイヤ

 寒風吹きすさぶある日、となん9条の会が、ベルフ仙北の店頭で「戦争法廃止」

の署名活動をしていたときの、ちょっといい話です。

 目の前を通る小学生に「私たち、戦争反対の署名をお願いしてるんだよ」と

話しかけたところ、小学生は「ぼく、戦争ぜったいイヤ」と答え一緒に来てい

たおばあちゃんに「署名やって」と頼んだそうです。

そこは孫からの頼まれごと、おばあさんは署名に応じました。

署名活動していた全員は、この子のためにもさらに頑張ろうと思いました。




もらった第二の人生 精いっぱい楽しみます

 けがのため市内の総合病院に入院し、川久保病院回復期リハビリ病棟に転院した方のお話です。

 総合病院では天井ばかり見て過ごしていました。このまま回復することなく、死んでしまうのかと、生命保険や預金通帳などの整理をしました。
 川久保病院での、毎日2、3回のリハビリは痛くてしんどかった。おかげで普通に生活できるようになりました。今は、公民館でお茶っこ会に参加したり、そば打ちをしたりして楽しんでいます。
 もらった第二の人生。精いっぱい楽しみ、仲間ふやしにも取り組んでいきます。

老若交流余話

 川久保病院では栄養士など専門職志望の学生さんを受け入れています。今年も5人が栄養科で実習。
 学生さんが患者さんを対象に「嗜好調査」(飲食物の好き嫌いを聞き、調査すること)をしたときのこと。核家族の時代、お年寄りに話すことが少ない学生さんにとって、目線を合わせ、大きな声で、優しいしぐさで会話したことが、いい経験になったと喜んでいました。
 私たち老練(ベテラン)栄養士たちも、あらためて初心にかえることができました。

                                 (川久保病院栄養科)
戦隊ヒーローの奮闘

 盛岡さんさ踊りに参加して3年。医療生協をもっとアピールしたい! 子どもの医療費助成制度拡充の運動をもっと広げたい!! との思いで職員5人が戦隊ヒーローに扮しパレードへ。
 戦隊ヒーローは、さんさ太鼓に合わせた踊りを考案。猛暑の中練習を重ね、全身タイツの衣装とたーだちゃんタオルを振り回し、息の合ったパフォーマンスで観客を魅了。終了後は子どもたちからの写真攻撃も。鮮烈なデビューを飾り、おまけにパフォーマンス賞までいただくことができました。
浮田先生奮闘記

 さわやかクリニックの浮田昭彦先生が6月29日からの1週間、毎朝、診療開始前の15分間、ロビーで「憲法を守ろう」と訴えたそうです。
 朝早く、何が起こるかと怪訝な顔の組合員さん、浮田先生の「憲法を守ろう」のアピールに、びっくり、大感激。私たちの身近にこんな先生がいて、「平和」や私たちの「いのち」「健康」を見守っていてくれるとは嬉しいことですね。
ひだまりデイサービス スタッフ総動員
 「明日があるさ体操」
 
 総代会で披露された「明日があるさ体操」。そんなに難しくなかったでしょう。この体操、機能訓練のため、ひだまりデイサービスのスタッフが総動員で考案したもの。誰でも知っている曲にのり、「あまちゃん体操をレベルアップ」。医療生協の職員って、何でもするんですね。
 この体操、身体だけでなく脳の訓練にも効果があります。組合員の皆さん、「あまちゃん体操」と同じようにご愛顧くださいね。
たまには役立つ!? 「さわやかさん」

 ちょっと前の話です。ある組合員さん、普段は目を通すことが少ない「さわやかさん」ですが、お屠蘇気分で新年号の「脳ドック受診のおすすめ」を読みました。
 その後、脳ドックの検査を受けたところ、甲状腺異常の疑いがあるとのご託宣。不安な気持ちで、精密検査を受けましたが、異常なしとのこと。一安心した、この組合員さんから、わざわざ御礼の電話がありました。
 私たちの「さわやかさん」、こんな風に役立つこともあるんですね。イガッタね。

熱烈サポーターの誕生かな?

 滝沢北支部のある組合員さん、遠いので川久保病院を訪れたことはありませんでした。「健康づくりフェスタ」に参加し、盛岡医療生協への関心が高まったそうです。
 後日、健康管理バスを利用し川久保病院やひだまりなどを見学。組織部に立ち寄り、増資もしました。病院もひだまりも明るく、開放的で、特有の「臭い」もなく、清潔な施設だと感じたそうです。La・Laを見学後には、セーフティウォーキングに通うことを決めたとのこと。また、盛岡医療生協の熱烈サポーターの誕生かな?

子どもたちから手づくりの感謝状と作文

 8年ほど前、町内会が地域見守り隊を結成しました。運動不足解消の足しになれば、と一員になりました。月に2・3回、1回1時間ほど、下校する子どもたちに声をかけながら決まったコースを歩くだけのボランティア活動です。
 そんな私たちに、子どもたちから手づくりの感謝状と作文が。このサプライズに、古稀間近の老躯は、久しぶりにちょっと感激させられました。
心づくしの一品 茶わん蒸しに大喜び

 この元日、川久保病院の入院患者さんのお昼ごはんは、ちらし寿司と茶碗蒸し。お正月にふさわしいメニューでした。
 茶わん蒸しをつくるには、何種類もの具を一つずつ、そして卵液(卵に調味料をといた液体)を入れ……と手間がかかるため、大量調理には不向きな一品。が、そこはチームワークの栄養科! せっかくのお正月だからと全員で挑戦。
 特に、噛みくだくこと、飲み込むことが難しい患者さんは大喜び。トレイに添えられた手づくりのカードも、美味しさと喜びを倍加したようです。
「さわやかまつり」 こぼれ話

 さわやかまつりで、初めてオートハープの演奏がありました。このオートハープを演奏した方、職員が熱心にまつりに取り組む姿に感動し、組合員になってくれました。
 まつりが終わって後片付けのとき、職員が財布の落ちているのを発見。すかさず、ある職員が「これは、あの人のにちがいない」と推理(?)。推理はみごとに的中。無事、財布は落とし主にもどりました。
世のなが、あがるぐなった

 川久保病院からさわやかクリニックへの健康管理バスの中でのこと。乗客は私と白内障手術を受けた岩手町の北山形に帰る二人だけ。
 「おれも八十を過ぎだおや」「眼科のお医者さんはとってもいい先生だ。おがげさんでめえるようになった」「世のなが、あがるぐなった」等々、よっぽど嬉しかったようで、私に語りつづけました。
 ほんとによく見えたようで、私まで嬉しくなり、バスに乗っていた40分が短く感じられました。
川久保病院のリハビリ効果てきめん

 一昨年、転んで足に大けが、おまけに感染症まで引き起こし、もちろん歩行不能。このままでは寝たきりか、と一時は覚悟しました。
 それでも3か月の入院中はリハビリに励み、退院してからは訪問リハビリ、その後は通所リハビリ。その甲斐あって、一度は出たいと思っていた「さんさ踊り」に沢山の職員の介助を受けながら、提灯を持ってパレードに参加しました。
 病気やけがで歩行が不自由になっても、川久保病院のリハビリで歩けるようになりますよ。
                     (元川久保病院長 渥美健三談)
営々とした活動大きな”実り”に

 さわやかクリニックのある岩手町と保育園から、小児科医の小野寺先生が学習会の講師として招かれました。
 講話にあわせて、”健康チャレンジ””こどもチャレンジ”について紹介したところ、保育園では園児に”こどもチャレンジ”をさせ、親には”健康チャレンジ”を紹介するとのこと。
 岩手町が小野寺先生に講師を頼んだこと、保育園が医療生協の活動に協力すること、いずれも私たちが営々と活動してきた結果の、大きな”実り”です。うれしいことですね。
手配りが生んだ親しい間柄

 6月号の「さわやかさん」を手配りしているとき、近所の人とお話ししました。「それを配っているんですか。母も去年までさわやかクリニックでお世話になっていました」とのこと。それまでは道で会っても会釈をする程度でしたが、今ではお互い名前もわかり、親しい間柄になりました。

 以上は岩手町の組合員さんからのお便りです。こんな間柄の人が増えていけば、うれしいですね。
医療生協の人たちって、みんないい人ばっかりだね
 
 医療福祉生協連の通信教育を受けていた女性から聞いたぺっこ"いい話です。
 この女性、リポート提出の期限間近なとき、うかつにも教科書、問題用紙など一式を紛失。さて困ったと、周りの人に相談したところ、この人たちの協力もあり、たちまち一式が手元に。猛勉強の結果、この女性をふくめ、支部の受講者全員が合格。
 「医療生協の人たちって、みんないい人ばっかりだね」とは、このうかつな女性の弁です。
こいつぁ春から…
 
 4月中旬、男性が組合員になりたいと花巻から来訪されました。
 「3月まで東京にある民医連所属の病院で看護師をしていた」「被災地に役立ちたいとの思いから、定年退職を機に花巻の病院で働きはじめた」「沿岸部には条件の合う病院がなかった」
 「どこにいようと、いつまでも民医連とのつながりを大事にしたい」「そんな思いから今日たずねてきた」
 こんなお話をうかがい「私たちもうれしいし、ありがたい」を連発し、全組合員代表になったつもりで心からお礼を述べました。こいつぁ春から縁起がいいですね。
わ〜、みえる、見える、視える

 知人のKさん(70歳、男性)は、ある朝、突然左眼がみえなくなって驚愕。川久保病院で診てもらったところ、白内障と診断され、さっそく手術。手術後「まるでウソのようにくっきり視界が広がった、なんでもよくみえる」と感動を語ってくれました。
 「お金のあるなしで光を奪わないで」と国民的な運動で眼内レンズの保険適用となったのが22年前。
 Kさんは、この保険適用と医療技術の恩恵をうけることができ、「みえる、見える、視える」を連発、幸せを実感。
けい子先生讃歌
 
 本号「私の秘蔵の、この壱枚」組合員さんの声」には、けい子先生」が登場。けい子先生の、ほのぼのほかほかとしたお人柄がしのばれる内容です。
 このような人を理事長に戴き、組合員や職員として盛岡医療生協に関わっていくことができ、いがったな。ほのぼのほかほかは、自然体でそうなっているのがこれまた偉い。どんたにすればこんたな人になれるのかな、などなど原稿に目を通した凡夫たち(編集委員)が話し合ったところです。
クリスマス会すごくうれしかった

 総代会で班表彰されたときのお金があったので、これで念願のクリスマス会をしました。ケーキ屋さんでつくったケーキは、とてもおいしかった。テーブルに所狭しと並べられたごちそうを食べまくり、おしゃべりしまくり、笑いまくり楽しかった。一時、独り身の寂しさを忘れた。
 誰かが、亡き夫の写真の前にそっとみかんを供えてくれた。すごくうれしかった。来年も表彰されるように班活動がんばるぞ。
     
             (滝沢北支部の班の方からのお手紙をもとに取りまとめました。)
こっちで暮らせて幸せ
 
 脳梗塞で川久保病院に入院しました。
東京の息子から、もう一人暮らしは無理だから東京に連れていく、といわれました。最初は仕方ないと思っていましたが、だんだん行きたくない、こっちで暮らしたいという気持ちになりました。こんな私のため、病院と”ひだまり“スタッフの人たちが一人暮らしできる方法を考えてくれ、こっちで暮らし続けることができるようになりました。
 退院後、ヘルパーやデイケアのスタッフの皆さんに手伝ってもらいながら、一人暮らしをしています。今では右手での施錠や、包丁をつかって簡単なものは切れるようになりました。本当にありがたいと思っています。
川久保病院が 喜ばれた、褒められた
 
 全体的にとても親切だと思いました。先生の説明はとてもわかりやすかったですし、スタッフの方々の対応も適切で、丁寧でした。よい意味で威圧感のない病院だなぁという印象を受けました。
 おかげ様で余計なストレスもなく、入院生活を送ることができました。本当にお世話になりました。そうそう、ご飯も美味しかったです。喜んで食べていました。

 こんなお礼状を受け取りました。
身障者手帳交付余話
 
 大正6年生まれの組合員さんから丁重な御礼状をいただきました。
 この組合員さんは、5月号の本欄「身障者手帳取得のお手伝い」を読んで、早速、外科外来に手帳の交付申請について相談。外科外来では、担当医師が迅速に対応したところ、異例の速さで「第1種第2級」の身障者手帳を取得することができました。御礼状には、取得した手帳のカラーコピーまで添付されていました。

 (組合員さんから届いたお便りをもとにまとめた” ちょっといい話“です。)
ほろっといい話

 6月、神奈川県に住んでいる孫を二女夫婦と訪ねました。せっかくの機会だから、亡き長女の婿さんにも会っていくことに。
 長女は子どもにも恵まれず、8年間の短い結婚生活でした。婿さんは独り暮らしが長いにもかかわらず元気な様子。 私が好きだろうと、魚を焼くなどしてもてなしてくれました。
 「お義母(かあ)さんもっと泊っていってください」と言われ、若ければ洗濯をしたり食事をつくってやったりし、もう少し長居をしたかったのですが・・・。涙を胸にしのばせ、帰路についた83歳の旅でした。

 (組合員さんから届いたお便りをもとにまとめた”うんといい話”です。)
10年後のお客さん

 40年余り通っている居酒屋での話です。飲みはじめて間もなく、郵便屋さんが手紙を届けに。おかみさんが怪訝(けげん)な顔で開封。読みはじめたおかみさんには思わず笑顔がこぼれました。
 聞いたところ、盛岡に修学旅行で訪れ、迷子になった小学生が、この店の赤電話を借りたとのこと。おかみさんは、この闖入者(ちんにゅうしゃ)を冷たい飲み物で歓待。そして、先生に連絡の上、タクシーに乗せてやったとのこと。手紙は迷子になった小学生と先生からの丁重な御礼状でした。
 これを読ませてもらった常連さん。「この子どもだぢ、あど10年もしたら、こごのお客(ぎゃぐ)さんになってければいいな〜。そしたら、まだ生ぎでで一緒に飲みてな〜。」
川久保病院に かわいいファン誕生

 川久保病院の増改築工事中のことです。孫が急に熱をだし、川久保病院に入院しました。翌日、見舞いにいったとき「先生も看護師さんもとても優しいんだけど、この部屋、窓が塞がっているから、外が見えなくてつまんない」としょんぼり。「今、工事中だからね」と、なぐさめて帰りました。
  さらにその翌日、孫は「あのね、先生がね『お外の見える部屋が空いたから移りましょう』って、変えてくれたの」と、上機嫌。退院のとき、すっかり川久保病院ファンになっていました
身障者手帳取得のお手伝い

 ご家族の押す車椅子で通院している80歳台の患者さんのことです。
昨年12月、今の程度の不自由さであれば、身体障害者手帳の対象になります」と声をかけました。ご家族も同意され、申請してから1か月足らずで、3級の手帳が交付されました。
「年金生活なので、手帳のおかげでたすかっています。診断書をすみやかに発行してもらい、感謝しています」と御礼をいわれました。 
川久保病院では、身体障害者手帳の交付をうけるための診断書を発行しています。どうぞご利用ください。(外科医師)
手づくりの組合員証 カードケース

 医療生協の組合員証が通帳からカードになるのを聞いた組合員さんがいます。この人の手先の器用さはまさに神業。身近にあった布を材料に、ぴったり入る、見事な組合員証用のカードケースをつくりあげました。
 それをいただいた組合員さんがつくり方を教えてもらったところ、いっぱいのカードケースが完成。
 このカードケースを「仲間ふやし」のためにも使うとか。春4月、多くの新しい仲間を迎えることができればいいですね。
巡りめぐって

 長く草木染めを趣味にしてきた、大船渡に住む知人がいます。この方から、年をとったためできなくなった、と白生地をいっぱい譲り受けました。
 この白生地をつかい、介護予防講座で草木染め講習をしました。完成したストールは期待以上の出来上がり。参加者から材料費として大枚を頂戴しました。この大枚を被災地支援の募金箱に。この寒い冬、草木染のストールはおばあちゃんたちの衿元を温めていることでしょう。

ひだまり神社への元朝参り

 ひだまりデイサービスでの出来事です。他生の縁があり、年末年始を一緒に過ごすことになった20人余り。ある人が「そういえば、昔はよく元朝参りにいったもんだよね」と独り言。
 この一言に敏感に反応、自分たちで“鳥居”をつくってお参りしよう、と一決。その日のうちに、ダンボールなどを材料に、利用者さんと職員の共同による“鳥居”が完成。
元旦、“ひだまり神社”は、多くの自力歩行や車イスでの参拝者(?)でにぎわいました。

二人あわせて一人前

 70歳を過ぎた夫婦二人、キャンピングカーで秋田を経由し日本海側を新潟まで南下しました。途中、いつもは何もなく通り過ぎる脇道の温泉や名所に立ち寄りながら、新潟に到着。
 新潟では一足のばし、初めての佐渡島に渡航。酷暑のなか、それぞれの土地ならではの生活があることを感じることができた、心に残る旅になりました。
 二人で一人前であることと、たっぷりの時間のありがたさを実感しました。

こんたなごどもあるんだ

 共同組織活動交流集会で一番楽しみにしていた、大宴会での出来事です。宴もたけなわの頃、漏れ聞こえてきた男女2人の会話。
 内容から、もしやこの女性は妻と高校の同級生ではと推理。非礼をもかえりみず二人の会話に割り込んだところ、大正解。その上、50年前の妻を記憶しており「同級生のマドンナだった」とは身に余るお言葉。宴席での社交辞令とは思いつつも、少し満更ではない気持ちになりました。
 信じられない一期一会から3時間、今生になるかもしれない別れとなりました。

被災者に元気づけられた

 東日本大震災から1年半。釜石市のMさんは、仮設住宅での生活を余儀なくされる中、津波体験集「3・11 その時、私は」の発行に尽力されました。
 被災地支援バスツアーを行う支部が増えていますが、Mさんはその案内役を頼まれることもあります。Mさんは「震災の苦しみを克服しなければ、未来はない」と語ります。
 そんな話などをうかがい、支援するつもりの私たちが、いつの間にか被災者の方々から元気づけられていることに気づかされました。

震災対応が評価され、盛岡市と協定

 大震災の際、盛岡医療生協は安否確認、被災者受け入れなど、速やかに支援をはじめました。また、盛岡市からの要請で、福祉避難所として沿岸からの避難者を受け入れています。
 これらの迅速で地道な活動が盛岡市から評価され、「ひだまり」「さくらの家」「すみれ」の3施設が、将来発生する災害時に関する協定を結びました。協定の内容は、福祉車両の提供、被災した要援護者の二次的避難の受け入れなどです。
 東日本大震災での対応が、こういう形で評価されたことは、うれしい限りですね。

それぞれの平和行進

 恒例の平和行進。今年も近くの区間を30分ほど歩き、満足していました。
 北海道から東京までの通し行進される方は、「横須賀在住なので“核の恐ろしさ”は痛感している。多くの人に訴えたい」とあいさつし、足どりも軽く歩いていた女性(71歳)です。
 また、知人の男性(71歳)は毎年違う区間を歩いて、残すは1区間、来年は岩手県全域歩破を目ざす、と楽しみにしています。
 平和行進をめぐる、この熱い思いと行動に、私も来年は別の区間を歩く! と心に決めました。
(70歳になった女)
さすが!われらが組合員

 あるケアマネさんがお世話している、高齢の利用者さんが自宅のバリアフリー工事を頼みました。確認にきた大工さんはあまりの乱雑さに、片づけなければ工事はできないとのこと。
 これを打ち明けられたケアマネさん、気心の知れた組合員さんに一声かけました。たちまち多くの組合員さんがボランティアとして集合、即清掃開始。工事ができるほどきれいに。
 さすが! われらが組合員、と感激しました。
新友、親友、真友

 70歳前後の男3人がいます。半世紀あまりまったく違う人生を歩んだ3人は10数年前に知り合い、年に1、2回、酒を飲むうち肝胆相照らす仲、個人的な悩みなども話し合う仲に。
 最近、「遊び心」「無理をせず」を旨に、定期的にこれはと思う本の貸し借りをはじめた。世界観が広がる。歳をとっても、死ぬまで付き合いたい友だちはできる。これはこれでいいものだ。
 こんなことを話してくれたのは、だいぶ年嵩の友。歳を重ねたとき、私にもそんなめぐり合わせがあればいいな、と思ったものです。


※肝胆相照:たがいに心の中をうちあけ合って、親しく交わること。主として友人の間についていう。
Let’s ダンス

 すみれデイサービスでダンスレクを取りいれ半年が過ぎました。最初は「はないちもんめ」的?な活動でしたが、最近はワルツに合わせ、男女が組になりステップまで踏めるようになりました。
 日頃の姿とのギャップは大きいですが、ダンスのレッスンで見せる活き活きした表情に、職員は毎回感動しています。
福の紙

 町内会で健康ウォーキング募集案内が回覧されました。これをみて、即座に申し込みましたのが、ウォーキングを趣味とするTさんご夫妻。
 参加した当日、主催が医療生協と知り、驚きましたが、楽しかったとのこと。これを機に、Tさんは組合に加入。その後、支部委員、手配りさん、保健大学を修了と、この間9か月の最短記録(?)を樹立。Tさんは、その後も医療生協の催し物に積極的に協力し、参加しています。
 ウォーキング募集のチラシが、どんな経緯で回覧されたのか今もって不明ですが、Tさんご夫妻と支部の双方にとって、まさに福の紙となりました。
多彩なネットワークが生んだダンス教室

 
「意欲と活動性を高めるため、手と手を取り合うダンスレクリエーションをしたい」と、会議でつぶやいた。早速「私いい人知っている」と広いネットワークを持っている職員の紹介で、つぶやきから1週間、ダンス教室がスタート。大きな歌声や歓声と楽しい笑顔。迅速ネットワークの活用で、もう一つ楽しい行事が増えた、すみれデイサービスでした。
お買い物ボランティアでほっこり

 初めてお買い物ボランティアとして、車椅子に乗った、90歳の女性のお手伝いをしました。問いかけにも、「何でも家族が買ってくれるから、何もいらないよ」との返事。不慣れな私はしっくりしないものを感じながらも、声をかけ続けたところ、少しずつうちとけ合えました。
 終わりの時間も近づいたころ、2人でひとつのソフトクリームを食べたときには幸せそうなお顔。私の94歳の母とこの方と二重写しになりました。控えめで、「ありがとう」の心をもった素敵な方でした。お蔭で、ほっこりとした、いい時間を過ごすことができました。
(方波見則子/かたばみ)
暑さもまたよし

 8月号の「うれしい一品」にゴーヤ料理が紹介されていました。
 ゴーヤは南の地方の植物ですから、私が住む滝沢での栽培は難しいだろうとあきらめていたのですが“せめて日除けになれば”と植えてみました。伸びてくると、見ただけでも涼しい。その陰に入ると陽射しがさえぎられ、実際、涼しい風が通っています。
 この夏の暑さのお陰で、大きな実もとれ、おいしいゴーヤチャンプルーをいただくことができました。
手前味噌風味うんといい話

  「日々生き生き」欄の3月号には落語家・鈴木勝世さん、5月号には手品師・植田勲さんに登場いただきました。その後、このお二人にはよくお座敷がかかるとのこと。さらには、長く音信不通だった旧友や親戚から連絡があり、大よろこびしていたと伝え聞きました。
 本紙の作成にかかわる一人として望外の喜びです。以上、手前味噌風味のうんといい話≠ナした。お後がよろしいようで。

*この記事は、本紙の前編集長の久保克子さんから聞いた話をもとにしています。
 久保さんには、長い間ご苦労さまでした。そして、ありがとうございました。

命びろい

 昨年、健診を受けなくて今年こそは早めに、とでかけた川久保病院。受診の待ち時間に、同じ支部のSさんにばったりと会いました。懐かしい話に花を咲かせながら、Sさんは、こんなことを告白。
 「川久保病院は、検査ばっかりするところだと思ってたけど、つい先日の検査で頸動脈閉塞症がみつかってね」「すぐに医大におくられて、8時間のおっきな手術」「みんながびっくりしたけど、私は眠ってたから、なんともなかったよ」と、ニコニコしていました。
 良かったぁ〜と胸をなでおろし、同時に健康診断の大切さが身にしみました。

譲り合えば

 いい言葉に出遭いました。奪い合えばなくなるものも、分け合えば足り、譲り合えば余る=B多くの海外メディアは、大震災後、奪い合わず、分け合い、譲り合ってる日本人に対し、驚嘆と称賛の報道をしたとのこと。ひとりの日本人として誇らしく感じました。
 いま、被災した人も、支援する人も肝に銘ずべき言葉は継続は力なり=Bいま、とるべき行動は、細くてもいいから長く、それぞれのすべきことをし続けること。そういえば、身近に、これを率先垂範した先達、鞭牛和尚がいたことも誇らしいですね。

*鞭牛(べんぎゅう)和尚…1710年、和井内村(現在の宮古市)生まれ。ノミなどを用い、宮古街道など、生涯で切り開いた距離は400q。

百歳の詩人も私たちの仲間

被災地のあなたに

最愛の人を失い
大切なものを流され
あなたの悲しみは
計り知れません
でも 生きていれば
きっと いい事はあります
お願いです
あなたの心だけは
流されないで
不幸の津波には負けないで

 来月満百歳になる詩人、柴田トヨさんが今度の地震、津波の被災者にむけた作品です。私たちも心は流されないようにしたいものですね。
 ところで、この柴田さん、宇都宮協立診療所の往診を受ける、栃木保健医療生協の組合員です。これを知ったとき、何とはなしにうれしくなりました。

ひと(さじ)のアイスクリーム

  「さくらの家」に届いた1通のエアメール。昨年の秋、100歳の誕生日を迎えられて間もなく逝かれたTさんの娘さんからでした。
 「ぽっかりと私の心に穴があき、寂しい風が通りぬけてゆくことがしばしばです。今、私にできることは母のようにくよくよせず、まわりの人々を大切にして美しいものを愛でて、生きる糧に感謝しておいしく食べて、元気に生きることと、自分をはげましています。」
 体調をくずされたTさんが病院に移り、職員がお持ちしたアイスクリームを入浴後にひと匙口にした時のおいしいといった笑顔が、娘さんの心に残ったようです。
  人間として最後まで、自立した人生を送ることのできる体制がどんなに大切か改めて知ったできごとでした。
いがったね、全国誌に紹介

 川久保病院栄養科は、去年9月、栄養関係功労者(特定給食施設)として厚生労働大臣表彰を受けたばかりです。
今度は、専門誌「臨床栄養」(医歯薬出版)1月号の「こんだてじまん」に記事が掲載されました。価値があり名誉なことです。
 一日三食にかかわり、盆も正月もない大変な仕事であるにもかかわらず、普段は目立たない存在の部署に、
こうして日の当たるのを目の当たりにし、新春早々、気持ちがほのぼのとしました。
 いがったね、そしてさらなる飛躍を期待していますよ、16人の栄養科の皆さん。

寿命が5年延びた!?

 抜けるような青空のもと開かれたさわやかクリニックの健康まつり。たくさんの出し物にも、少々疲れたなという頃、突然、カシャカシャというカメラのシャッター音が激しくなった。
 身を乗り出すじいちゃん、慣れない手つきで携帯をかまえる中年のおっちゃん、テントの陰から小走りにかけ寄る若者。ベリーダンスの登場にキラキラ輝く目、目、目。
 ばあちゃん、母ちゃんたちは腹を抱えて笑い、「これでじいちゃん、5年は寿命延びたな!」
 笑いは最高の健康法。ばあちゃんたちもね。
※ベリーはお腹の意。お腹をひねったり腰を振ったりする西アジアやアフリカ北岸の女性の踊り。

組合員活動交流集会こぼれ話

 成功のうちに閉幕した東北ブロック組合員活動交流集会。集会のぼう大で多岐にわたる事務の全般は、一人の若い職員を中心にすすめられました。経験豊かなベテラン職員や組合員の助言、協力などもあり、任された仕事を堅実にこなしました。
 この仕事ぶりを傍目(はため)でみながら対外交渉など初めての経験を通し、逞(たくま)しく成長しているとの印象をうけました。「頼られる医療生協」の新たな礎が築かれました。
 本人曰く「悩み、苦しむこともあったけど、これまでで最高の達成感があった」とのこと。いがったね。集会の開催中発行した「おでんせニュース」の作成にかかわることで出会ったいい話です。

100歳万歳!

 4階病棟の
スタッフに手紙が届きました。差出人は娘さん3人の連名で、内容は寝たきり状態だった100歳のお母さんが、車イス生活ができるようになり、心から感謝しているとのこと。
 なんと、このお母さんは県内で初めて助産師さんになられた方で、入院中も「医療に関わる仕事は厳しいけど、やりがいがありますよ」とスタッフにエールを送ってくれていました、と師長さん。手紙には「死を待つばかりであったのに、川久保病院の2か月半のリハビリで、すっかり元気になりました。今、生命あることを厚く御礼申し上げます」とありました。現在、この方は市内の施設で車イス生活を送っています。
1歳と3歳

 「さてさて骨量測定でもしようか」と立ち上がったSさんとKさん
「足の爪、切ってこなかったからちょっとはずかしいね」「お風呂に入った時に切るといいんだけどね、夜だからね」「昼に切る時はお湯に足を浸してからするといいよ」とおしゃべりをしながら「まあまあ歳相応かな」とデータを見ながら笑いあっている。
 お幾つですかと尋ねると、「わたし1歳、この人3歳」。???…。「ウフフ90とね」ですって。その愛らしい笑顔とユーモアたっぷりの話ぶりに、こんな風に長生きできたらなぁ〜と思ったひとときでした。青山支部”組合員のつどい”でのこと。
病室同窓会

 おもしろい同窓会(?)をした。
 35年ほど前、古い川久保病院の入院していた同室の四人で集まったのだ。その頃、今は亡き吉田先生が職業病の認定に頑張ってくれ、我々はそれでハリ治療をしていた。患者会機関誌「おきあがり小法師」を作ったり、病院に要望書を出したり、早く治りたい一心で玄米食を試みたり・・・、今考えると川久保病院だからできたんだと思う。
 その仲間で県南の温泉に一泊しながら、元気で再会できたことを喜び懐かしみ、布団の中でも話は尽きなかった。
 どんどん齢をとっていくのだから、今度は間をおかず、来年も会おうと約束をして別れを惜しんだ。

なぜ署名を取り組むのか
イギリスの平和運動家・国際卓球連盟会長 アイヴォア・モンターギュ氏の言葉

 署名が何の役に立つのかという人がいる。しかし署名は署名以上のものだ。それは一枚の紙にサインして、それで終わりというものではない。
 署名はひとつの行動である。それは署名者を、受け身から積極に変える意志の決定である。戸口に立った主婦は自分は何も出来ないと考えて、ためらったりしていた。しかしいちど行動に移ると、彼女はもう一歩進んだ行動を望む。そんなことが何百人の人について起こるなら、人々の良心は成長し、意識が高くなり、政治やマスコミに騙されなくなる。
 こうして目覚めた人たちに押され、アメリカの侵略者どもは、どうしても朝鮮半島で原子兵器を使うことができなかった。

 そして今、私たちも取り組んだ690万の署名は、5月3日ニューヨークに届けられ、「核兵器のない世界」への流れを力強く前進させている。

ありがとう、柳原正志さん

  「さわやかバス」7年間の運転業務を、この3月で勇退された柳原正志さん。
 朝早くから、バスの内から外までぴっかぴかにみがきあげ、穏やかな笑顔と細やかなこころ遣いの運転には定評がありました。「とにかく、バスに乗る方に不安を与えないようゆっくりと静かな運転を心掛け、幅広い道路を横切って利用される方には、交通事故が心配で安全な場所に乗り場を変えたりして、大過なく終えてほっとしています」「患者さんにはいっぱいお世話になりました」と謙虚な言葉ばかりの柳原さん。
 たくさんの組合員さんから感謝感謝のメッセージが届いています。
 ほんとうにありがとうございました。
あたたかいひと言

 「私、久しぶりに心がじわっと暖かくなれたの」と友人のNさん。
 「健康講座の講師をしてくれた川久保病院の浮田先生が、帰りしなに『ご主人が亡くなられてもう三年ですね。少しは元気になられましたか』と声をかけてくれたのよ。毎日沢山の患者に接している先生が、良く私を覚えていてくれて声をかけてくれたと思って、うれしくてうれしくて…。夫が亡くなって三年、いまだにメソメソしているけど、先生の一言でほんとうに久しぶりに暖かい気持ちになれた。この思いを先生にどう伝えたらいいのかと思って…。」

ある日のボランティア

 デイケアに週1回ボランティアに行っているが、いつも何か勉強になることがある。今日は体操の時間、リーダー役のスタッフさんが「声を出さないと声帯が細くなって声も出なくなり、膀胱にも影響しますよ。手足の力も弱くなります。みなさぁ〜ん、声を出して体操しましょう」と声をかけていた。利用者の皆さんが、1回、2回と号令をかけながら手足を上下、足踏みの時には、童謡のゆうやけこやけ≠歌いながら笑顔で動かしている。何かこっちも元気をもらった気分。歌を歌ったりおしゃべりすることは、心身ともに健康につながるとか。今日も勉強になりました。
 ありがとう!!

みんなとみた紅白歌合戦

 今冬の年越し、何年ぶりかで「紅白」を涙と笑顔でみたМさん。日頃は一人暮らしで淋しい思いをしていましたが、年越しは「ひだまり」を利用していただきました。
 「暖かくて本当に安心して年を越せた」「みんなと一緒に紅白をみて楽しかったよ」「こんなに楽しい年越しなら毎年来たい」と喜んでいました。身体も心も暖めたМさんの笑顔が、スタッフの何よりの励みとなりました。
 この年末年始の期間中、ショートステイやグループホーム、自宅も含め盛岡医療生協の介護サービスを利用した高齢者の方は399人でした。安全・安心のサービス提供に頑張ったスタッフのみなさん、ご苦労様でした。

誕生日

 診察室で医師から「今日は奥さんの誕生日ですね、おめでとうございます」と言われてAさんはびっくり。すっかり忘れていたのです。早速ケーキを買って帰宅しました。今度は奥さんがびっくり。「どうしたのよ!」ケーキを買って帰ることなどこれまで一度もなかったからです。
 事情を聞いて奥さんはうなずきました。さわやかクリニックでは電子カルテを導入しています。カルテには家族の誕生日も記されているのです。
 ダンナはとうに忘れてしまっていた奥さんの誕生日。思い起こさせたのは医師と電子カルテ。ほのぼの。

新しい生命をもらいました

 茶話会に参加したHさん、私を見るなり手を握り「どうしてもお話ししたいことが…」と。
 「先日、川久保病院で白内障の手術をしました。担当の及川先生に『お年もお年ですからうまくいくかどうか心配です。わたしも一生懸命がんばりますから、Hさんもがんばって下さい』と言われ、半ばあきらめていました。
 ところが手術は大成功。すっかり良く見えるんです」
 「あなたのお顔も良く見えます。針に糸を通すことも新聞を読むこともできます。ほんとに、88歳で新しい生命を与えられた気持ちです」とイキイキした笑顔。「川久保病院に行くことがあったら、先生と看護師さん、スタッフのみなさんにどうぞよろしくお伝えくださいね」と何度も念をおすことばに、うれしさが伝わってきました。

かまどと草履が世界へ

 ある女性ボランティアがケニアの奥地に行き、日本古来の土製かまどとバナナやとうもろこしの皮を材料にした草履の作り方を教えました。
 それまでのかまどは、石を3つ置いただけで熱効率も悪く大量の薪が必要でした。村の子どもたちは裸足で歩くため、細菌感染が絶えませんでした。
 かまどと草履の良さは、またたくうちに広がり、燃料である薪の使用量と、乳幼児をはじめ亡くなる人の数が大きく減りました。
 この素晴らしい女性にかまどと草履の作り方を教えたのは、遠野に住むおばあさんでした。

5年で3倍に!

 今年の一月末行われた盛岡市の「人間ドック説明会」で、2007年度は全体で1147件、2008年度は12月末で814件。そのなかで川久保病院の受診が、07年49%、08年12月末55%を占めていると聞いた。
 先の総代会の報告でも、人間ドックの受診が、この5年で3倍に。組合員は受診料が安いから…ということは何よりの強み。しかも、互いに声を掛け合ったり、自家用車やバスでドックツアーなんてことになると、重い腰もドッコイショとあがる。

医療生協活動≠アこにあり!!
★ドックの申込は、くれぐれもお早めに…。

 あゝラクチン!

 去年の事ですが…草むしりで腰を痛めたSさん、激痛をかかえて仁王鍼灸治療院へ。玄関で靴をぬぐにもかがめない。
 ふと見ると靴箱の前に一脚の椅子。おかげで靴もぬげて無事、鍼治療をうけました。
 「椅子があって助かった。誰のアイデア?」
 「あれは、オープン直後に来た患者さんの提案さ。とても喜ばれている」
と長内鍼灸師さん。
 健康な時には気付かないことだけど、患者さんの要望にすぐ応えて実行する姿勢は、さすが私たちの治療院なのね、とSさんは嬉しそうに報告してくれた。

今も先輩

 病院の待合室でMさんと会う。糖尿病では私の先輩、「具合いかがですか?」「血糖値を下げたいんだけどなかなか…毎日一時間は歩いているんだけど、この間は堤防沿いに日赤から南大橋まで歩いた」「エエッ、そんなに!」検査入院の時には、病院の廊下を行ったり来たりして歩いているのを付き添いで病棟にいた私も目にしたっけ。
 Мさんの頑張りには感心している。歳に負けず健康づくりに積極的にとりくむ源は?人生の目標をもって行動していることかな′サ職の頃から尊敬する先輩にまた勇気をもらった。

  「アメリカでは 男どうしで けっこんしても いいのか。ぼく、かのうくんと けっこんするわ。アメリカにいって。そしたら、いつでも いっぱいあそべるで。いいか おかあさん。/おかあさんは いいけど かのうくんと そうだんしてからなやて。」
 国語教師・戸田和樹「子どもの詩とその周辺」に引用された中の一遍。京都の小学一年生、男の子の作品です。
 気持ちがギスギスしたりトゲトゲした時、バッグのカードケースに挟んだこの新聞記事を取り出してみる。何と微笑ましく無邪気な言葉だろう。親子の暖かい空気まで感じられ、いつの間にかギスギス≠ヘ消えている。